2025年度 文化経済学会<日本>秋の講演会 開催報告

「公立劇場とそこで生きる文化芸術を未来に繋げるために」 

町田 樹(国學院大學)
伊志嶺絵里子(東京藝術大学他)


 2025年11月1日(土)、國學院大學たまプラーザキャンパスにおいて「公立劇場とそこで生きる文化芸術を未来に繋げるために」と題した2025年度「秋の講演会」特別シンポジウムを開催致しました。全体で82名の申込みがあり、当日は対面参加43名(うち非会員25名)、オンライン参加26名の計69名の皆様にご参加いただきました。

 シンポジウム第一部冒頭では、モデレーターの町田より、近年、首都圏を中心に公立劇場が改修や老朽化を理由に休館・閉館する事例が増え、そこを拠点とする芸術団体の維持・発展が困難になっている現状が示されました。また、本シンポジウムにおいて、スポーツ・マネジメントやスポーツ政策と対比させる理由として、①近年スタジアムやアリーナがスポーツ施設にとどまらず文化芸術の場としても機能していること、②スポーツ庁の「スタジアム・アリーナ改革指針」に基づき、多くの自治体が都市中心部でアリーナ整備を進め、その経営が一定の成果を上げていることが説明されました。
 続いて、公益財団法人日本舞台芸術振興会(NBS)専務理事の髙橋典夫氏より、「日本・東京における劇場問題と未来への展望」と題した発表がありました。髙橋氏は、東京文化会館の3年に及ぶ休館により、NBSは海外の歌劇場等の来日公演が開催できない現状を示し、既に2016年に文化庁でホール不足や工期の重複を避けることが検討されながらも、国や東京都の対応が遅れた点を批判しました。また休館中、東京バレエ団が地方や海外公演の拡充を目指すには、国や企業からの助成が不可欠であり、今後は地方の公立劇場と実演団体との連携強化が重要であると述べられました。
 次に、公益財団法人川崎市文化財団理事長の中村茂氏より、「劇場の持続可能な未来を実現するカギとは~ミューザ川崎シンフォニーホールと東京交響楽団の連携~」と題する発表が行われました。中村氏は、光熱水費や人件費の高騰によりホール経営が厳しさを増す中、地域との連携を深め、より効果的な事業展開が求められると述べられました。ミューザ川崎シンフォニーホールでは、川崎市とフランチャイズ契約を結ぶ東京交響楽団との協働を軸に、公演およびコミュニティ・プログラム等を通じて地域との多様な接点を創出し、持続可能なホール運営を目指していることが紹介されました。
 最後に、國學院大學人間開発学部教授の備前嘉文氏により、「スポーツマネジメントの視点からみる文化芸術施設の新たな価値創造」と題してご発表いただきました。備前氏は、「スタジアム・アリーナ改革指針」のもとで推進される「稼げるアリーナづくり」に触れ、スポーツ施設は単なる「箱」ではなく「舞台装置」としての役割を持ち、街のランドマークとしての機能を備えることが求められていると述べられました。その上で、文化施設においても、利用者数などの量的評価よりも「上質なホスピタリティ」を重視する必要性、また短期的なマーケティングに偏ることなく、顧客の真のニーズや価値の本質を見極め、文化施設が地域社会にどのような価値を提供できるか考えることの重要性が強調されました。

 第二部では、青山学院大学の片山泰輔氏がディスカッサントとして登壇されました。片山氏は、日本の文化政策上の課題として、文化庁は所管する非営利芸術団体への支援を行ってきたものの、産業政策の視点が欠けていたことを指摘されました。また、公立文化施設の整備に向けた今後の方向性として、第一に、文化的権利の保障に向けた政策展開において、貸館の役割も戦略的に活用することの重要性、第二に、「劇場法」にもとづく政策展開において、愛好家の需要を満たすことにとどまらない公益的な取組を推進すること(スポーツ分野の事例が参考になること)、第三に、産業政策の観点からは、省庁横断的・部局横断的な連携の必要性について述べられました。

 以上の発表を経て、パネリストとディスカッサントの間で、公立劇場を維持発展させる上では何が重要となるのかが議論されました。議論の中でとりわけ重要だったことは、首都圏の公立劇場問題は、主として行政側の無理解や連携不足が招いていることが浮き彫りになった点です。例えば、劇場と行政が今後の劇場政策について議論を重ねて、振興のための施策を計画していても、官僚型組織の特性上、数年に一度のペースで担当者が変わり、しかもこれまでの議論や計画の内容が引き継がれず、それがために公立劇場の振興策を計画的に実行できないという問題が提起されました。また、公立劇場において良質な文化プロダクトを提供するためには、経済的に2,000席以上の規模で劇場を設計する必要がありますが、新設される公立劇場は軒並みそれよりも圧倒的に収容人数の規模が小さく、せっかく公立劇場を建設しても、収支バランスが取れず、思うように演劇や舞踊、オペラを上演することができない、という問題があることも指摘されました。こうした劇場と行政の関係性を変革しない限り、公立劇場の問題を解消することは難しいということが明らかになりました。
 その一方で、備前氏によるアリーナやスタジアムのマネジメント論を踏まえると、公立劇場を振興する上で、スポーツ施設の政策が非常に参考になるという気づきも得ることができました。47都道府県が順番に主催する国民スポーツ大会があることによって、47年に一度、各都道府県はスポーツ施設に投資する機会を得られたり、あるいはスマートベニューやコンパクトシティーなどのまちづくり政策と連携する形でスタジアムやアリーナを建設したりするなど、スポーツ施設をめぐる政策は実によく設計されているということがわかりました。無論、それらの全てが公立劇場の政策に応用できるわけではありませんが、スポーツ政策の優れた点をいかに公立劇場の政策に応用するか、ということも今後、本学会で議論していくべき重要な論点となるでしょう。

 このように本シンポジウムでは、近年ますます深刻化している公立劇場の問題を解決へと導く上で重要となる論点を得ることができました。劇場は文化芸術を下支えするインフラです。今後さらにトリアージ問題が進行していくと危惧されている公立劇場をいかに守り、振興していくか――本学会で継続的に研究すべきであると同時に、文化行政に対する積極的な働きかけも必要であると考えられます。