会長あいさつ:あらためて文化経済学の役割を考える
京都橘大学経済学部経済学科 教授 阪本 崇
このたび、第18代会長に就任いたしました。本学会は、私が初めて参加した学会であり、大変思い入れの深い学会です。そのような思い入れの深い学会で、かつて恩師である池上惇先生も務められた会長という大役に選出されたことは、大変光栄なことと受け止めております。その一方で、さしたる研究業績のない自分に会長として何ができるのか、日々自問自答しているところです。諸先輩の努力もあって、今でこそ文化経済学は日本においても広く知られるようになり、国や自治体の政策の中でも芸術文化の持つ重要性に焦点が当てられるようになっています。しかし、私がはじめて参加した当時、文化経済学はまだメジャーな学問領域ではありませんでした。そうした中、経済学の枠内にとどまらず、さまざまな専門領域の研究者や現場の方々が自由闊達に議論する様子は、大学院生であった私にとって、非常に新鮮なものでした。このように狭い経済学の枠内に閉じることなく、多様な人びとが参加するという伝統は、現在でも受け継がれています。文化経済学会以外にも、文化と社会、あるいは文化と政策との関係を問う学会がその後次々に設立されてきましたが、それは文化経済学会が多様な領域に開かれた学会として機能し、ネットワークを形成してきたからだと思います。設立に関わられた先生方が、そのような設計をされたからこそ、こうしたことが成し遂げられてきたのではないかと考えております。しかし、関係する学問領域が広がれば広がるほど、私自身は、「では、経済学が果たすべき役割とは何だろうか」という疑問を強く抱くようになりました。もちろん、経済学が得意とする概念やツールを用いて、経済と文化に関わる諸現象を分析することも、その役割のひとつであることは言うまでもありません。しかし、私はそれだけではないと思っています。経済学には、単に世の中に存在する問題を解決する技術を提供するというだけでなく、あるべき社会のビジョンを示す役割もあるはずです。
たとえば、イギリス芸術評議会の初代議長としても知られるケインズが、第二次世界大戦勃発の直後に著した『戦費調達論』をあげることができます。生活物資が不足する一方で、労働者の所得が増える戦時中は、そのままでは激しいインフレが起きてしまいます。価格統制と配給によって対応されることの多いこの問題に対して示されたのが「強制貯蓄」、すなわち給与支払いの繰り延べでした。ケインズは、それにより目先のインフレに対応するだけでなく、戦時中に労働者階級の資産形成を行うと同時に、戦後に生じるであろう不況を、その解除によって乗り切ろうとしたのです。資産家などの非活動的階級よりも、労働者や企業家などの活動的階級が活躍する社会が望ましいと考えるケインズの理想が、この政策選択の背後にあったと言えます。
このように、目先の問題への対処法を見いだすだけではなく、そのメカニズムを理論的に裏付けながら、理想とする社会のビジョンに向けて政策を選択していくこと。それこそが、本来、経済学が最も得意とするところだと、私は考えています。自分が文化経済学の研究の中で、経済思想や経済理論にこだわってきた、そして今でもこだわり続けている理由は、まさにそこにあります。「強制貯蓄」は経済学史上数ある事例のひとつに過ぎませんが、理論に立脚しながら理想の社会像を描き、政策へと結びつけていくという姿勢は、文化経済学にも求められるのではないかと考えています。
現代の文化経済学会の大きな画期となったのは、言うまでもなく、ボーモルとボーエンの著書『舞台芸術:芸術と経済のジレンマ』ですが、この著書の中でボーモルが問題にしたことを突き詰めていくと、技術が発展するにつれ結果として稀少性を増すことになる「創造」という営みを社会がどのように支えていくかということになるかと思います。経済や社会のあり方は、今、AIをはじめとする技術の急速な発展によって、大きく変わろうとしており、私たちがこれまである程度共通したイメージを持っていた「創造」という概念に大きな修正を迫るかもしれません。そのとき、「創造」をどのように支え、またその成果を社会の中でどのように分配し、享受していくか。私たちは、その理想的な姿をビジョンとして構築し、その実現のために何が必要かを考えてゆかねばならないのではないでしょうか。私は、これも文化経済学のひとつの重要な役割だと思っています。

最後にお詫びを申し上げます。新会長は就任後に講演を行うのが慣わしですが、現在、私は在外研究でバンクーバー(ブリティッシュコロンビア大学:UBC)に滞在しており、万が一大会時に帰国できない場合を考え、今回は敢えて行いませんでした。皆さんにはご迷惑をおかけしましたが、私自身は久々にじっくり思考を巡らせ、気の向くままに興味を持ったことに向き合うことの面白さを実感しております。こうした気持ちになるのは学部生以来のことです。大学院生の頃は一般的な社会人としての就職という退路を断ち切ったようなもので、とにかく職を得るための業績を上げなければと焦るばかりでしたし、大学に就職してからも、厳しい社会環境のなか平教員の時代から役職時代まで大学運営に時間を取られることが多く、研究を楽しむことはできませんでした。もちろん会員の中には、カナダの社会や文化、政策についてより多くのことをご存じの方もいらっしゃるはずですが、私自身とまったく同じ問題関心を持つ方はいないはずですので、バンクーバー滞在で得られた経験や刺激から、何かお伝えできることもあるだろうと思っております。帰国した暁には、そうしたことも含めて、何らかの形で皆さんに研究の成果をご報告できれば幸いです。



