私のトピック

東京大学大学院 学際情報学府
博士課程 井上智晶

1. 現在の研究を始めたきっかけ
 これまで現代アート業界におけるジェンダー・ギャップを主な研究課題として調査分析を行ってきました。研究を始める以前は美術大学で現代アートについて学び、同級生の多くがアーティストを目指すような環境下で私も作品制作を行っていました。しかし、作品制作を続けるうちに次第に芸術に触れる人や美術大学に進学するとそうではない人たちの差に興味がわき、卒業後は表現活動ではなく美術に関わる研究をしようと大学院の進学を決めました。そのような折、展示作家数の男女平等を掲げた「あいちトリエンナーレ2019」が開催され、一人の美大生として非常に大きな衝撃を受けたことを覚えています。周りを見渡すと確かに展覧会で展示をするアーティストや教員のほとんどが男性で、同級生や先輩・後輩の多くは女性でした。恥ずかしいことに、あまりにも自然にその状況を受け止めていたため、疑問に思ったことさえありませんでした。しかし、グラフで示されたジェンダー不平等は明白で、漠然と想像していた卒業後のプロの世界がここまで女性に厳しいのかと愕然としたと同時に、卒業後も表現活動を続けていきたいと考えている同級生や後輩たちはその後どうなっていくのだろうと不安を感じました。

 そこで、修士課程で女性美術作家を対象とした聴き取り調査を実施しました。この調査では、多くの女性美術作家の方にご協力をいただき、アーティスト活動を続ける中で経験する困難やジェンダーに由来する様々な問題が語られました。問題の内容を一つ一つ検証していくと、女性美術作家の困難とはキャリア形成の問題、ライフイベントの問題、制度上の問題、労働上の問題、ワーク・ライフ・バランス等、様々な要因が複雑に絡んでいる状態であることが示されました。この調査を経てから、女性のみに着目するだけでは問題を明らかにすることはできないと分かりました。そこで、次は男性美術作家を対象とした調査を、さらにその次はギャラリーのオーナーを対象とした調査をと、調査範囲を拡張していき現在に至ります。学会発表、論文発表を通じて皆様から貴重なご意見やご指摘をいただき、さらに大変ありがたいことにギャラリーのオーナーを対象とした調査は、2024年度文化経済学会<日本>研究大会において優秀発表賞に選出いただきました。皆様からいただきましたご意見・ご指摘を励みに、学術研究の発展のため、そして少しでも研究成果をアートシーンへ還元できるよう、これからも精進して参ります。


2. 最近の関心事
 引き続き現代アート業界におけるジェンダー・ギャップについて研究を進めていくつもりですが、今後は諸外国に視野を広げて調査分析を行いたいと考えております。特に東アジア諸国に関心があり、文化政策・美術教育等の制度上の差異がどのような影響を与えるのか、現代アート業界のジェンダー問題に新しい角度からアプローチしていきたいと考えております。また、私事ですが2年程前から実家で祖母の介護を手伝っています。そのような状況下での研究活動のため、どうしても展覧会や映画を観に行く余裕がなく、以前では想像できないほどに文化鑑賞の頻度が落ちました。さらに、車椅子の祖母を連れての芸術鑑賞は予想以上に困難で、都市や制度の中に埋め込まれたハードルを感じずにはいられません。そのため、文化・芸術鑑賞活動におけるアクセシビリティについても興味を持っています。例えば文化鑑賞頻度が出産や介護といったライフイベントによってどのように変わるのか、今後は計量的手法からもアプローチしてみたいと考えております。まだまだ勉強不足で、研究としても発展途上ではありますが、今後の研究活動においても学会発表等を通じて皆様のご指導を賜りたく存じます。


3. 最後に
 この度は、未熟である私に貴重な機会を賜り、誠にありがとうございます。文化経済学会<日本>の皆様に、心よりお礼申し上げます。今後ともご指導ご鞭撻のほど、どうぞよろしくお願い申し上げます。