私のトピック 《 江上 美幸 氏 》
1.研究を始めた原点
私は約30年間、繊維・ファッション業界において企画職として従事してまいりました。数多くのアパレル企業と協業し、主にテキスタイルを中心とした商品開発に携わるとともに、国内外の産地や市場をフィールドとして活動してきました。また、パリ、ミラノ、ロンドン、ニューヨークといったファッションの最先端都市はもとより、新興のソウル、上海、香港、台北などのアジア主要都市においても、長年にわたり定点的なマーケットリサーチを行って参りました。
加えて、私生活においても世界各国を訪れることをライフワークとして続ける中で、これまでに約70カ国を訪問し、ファッションに限らず、日本の産業やカルチャーが海外でどのように受け止められているのかを実体験として捉えてきました。そうした経験を重ねる中で、日本の文化やものづくりは決して弱いわけではない一方、その価値が十分に伝わっていない場面が多いのではないか、また海外との比較を通じて、日本の発信力やマーケティングの在り方に構造的な課題があるのではないかという問題意識が次第に形成されていきました。
こうした実務経験と現地観察を通じて蓄積された疑問を、理論的かつ体系的に整理し、研究として深めていきたいと考え、2014年に修士課程へ進学しました。その後一度実務に戻りましたが、問題意識はより明確かつ深化したことから、2019年より博士課程に進学しました。博士課程では、ファッションを事例として、グローバルマーケットにおける日本ファッションブランドの価値創造を研究テーマとし、その価値創造の構造を明らかにしました。
2.最近の関心
現在も一貫して、日本のカルチャーがどのように価値として創造され、市場や社会に受容されるのかを、主にファッションを事例として研究しています。近年とりわけ関心を寄せているのが、日本と韓国の比較研究です。外見上は文化的に近いと捉えられがちな両国ですが、マーケティングの手法やブランドの見せ方、消費者との関係構築においては、それぞれ異なる長所を有していると考えています。
その一環として本年は、衰退業態と見なされることも多かった百貨店でありながら、近年過去最高業績を更新し続けている、個に焦点を当てたマーケティングを行う伊勢丹新宿本店と、一般には高年層向けと捉えられがちな百貨店業態でありながら、韓国では若年層から高い支持を集めているThe Hyundai Seoulとの比較考察を行いました。また、SNSにおけるUGC(ユーザー生成コンテンツ)が、日本と韓国のファッションブランドでどのように異なる形で醸成されているのかについても分析を進めています。
さらに、日本のいわゆるローテク工場でありながら世界から評価される繊維製品や素材を通して、日本の職人スピリットがどのように国境を越えて受容されているのかという点にも関心を持っています。加えて、日本文化を用いてビジネスを展開する外国人企業の事例にも注目し、文化の担い手が多層化する現代における価値創造のあり方について考察を深めています。
3.おわりに
文化経済学会は、実務と研究の双方を背景に持つ私にとって、思考を深め、視座を更新していくための重要な対話の場です。ファッションという身近な対象を扱いながらも、文化と経済の交点から議論できることは、自身の研究を相対化し、問題意識を鍛え直す上で大きな支えとなっています。
今後も、日本のカルチャーが有する潜在的な価値をどのように可視化し、社会や市場へと接続していくことができるのかを問い続けながら、研究と教育の両面に取り組んでいきたいと考えております。あわせて、比較研究や現場観察を通じて得られた知見を、可能な限り社会に還元できる形へと整理していくことも意識して参ります。引き続き、文化経済学会の皆様からのご指導、ご助言を賜れましたら幸いです。

